リベラルアーツ(一般教養)は、経験とブレンドされるとジワリと効いてくる


ウィリアムズ、アマースト、スミス、ボードウィン、スワスモア、ウェルズリー・・・

ピントきますか?

プリンストン、ハーバード、シカゴ、イェール、コロンビア・・・

これならわかりますね。アメリカの名門大学です。US Newsが発表しているアメリカ国内の総合大学ランキング2018年版のトップ5です。

実は最初のリストも同メディアが発表しているランキングです。しかし総合大学ではなくて、リベラルアーツ(教養)系の大学ランキングです。

アメリカの教養系大学は日本では馴染みが薄いですし、そもそも総合大学とは趣旨が違うので横並びで比較するのは適切ではないです。

ですが、これら大学も相当の難関です。

アメリカの高等教育において、一般教養は超重要視されていて、少人数制で質の高い授業をみっちり受けた後に、MBAやロースクールに進む人もいれば、学術、芸術を極める人もいます。

ヒラリー・クリントンさんはウィリアムズ・カレッジの卒業生で、その後イェールのロースクールに進んでいます。

ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツさんはアマースト卒業後に、MITに進んでいます。

「風と共に去りぬ」の著者であるマーガレット・ミッチェルさんはスミス・カレッジです。

一般教養が軽視される日本

SSHPの学生には、勉強が好きな人も嫌いな人もいますが、多くは「好きなことは集中して勉強するけど、興味がない・役に立ちそうにないことは全然身が入らない。」人たちです。

ある経営学部生の声:

「経営学部に入ったのに、どうして歴史を学ぶ必要があるの?」

「政治なんて興味ないです。」

「哲学意味わからなかった。」

まぁ、わからなくもないです。実社会では、語学、会計、プログラミング、デザイン、法律など、実務によるスキルのほうがよっぽど役に立ちます。僕自身、教養は、それ自体では、瞬発的に役に立つものではない、と考えています

にもかかわらず、僕はリベラルアーツの必要性をひしひしと感じています。劣等生ながら、アメリカの大学でガシガシ勉強しておいて(せざるをえない環境にあって)よかったと痛感しています。

海外との接点を持つ上で、教養は不可欠

仕事柄、海外の取引相手とよく話をしますが、皆さん、おどろくほど幅広い知識と、独自の洞察を持っています。地域別な傾向を、あくまで個人的な主観ですが、挙げるとすれば:

アメリカのクライアントと話をするときは、政治を切り口に話が展開されます。

欧州のパートナーと話をするときは、歴史、宗教、芸術がベースになることが多いです。

シンガポールの経営者たちと話をするときには、天気、近隣諸国との関係、食料自給率など、全て絡み合った話をします。

一方で、日本のクライアントとは、雑談も仕事に関係する内容が殆どなので、無関係の知識を必要とすることはあまりありません。でも海外では、そうは行きません。一定の知識を前提として高度な話が展開されます。

知ったかぶりは良くないです。知らないことは知らないと言えばいいのです。

SSHPの会期中。数ある僕の口癖の中でも「ゴメン、よくわかんない。もう一度説明して?」というのは研修生の記憶に残っているようです。トラウマになっている人もいるかもしれません。だったらごめんなさい。それにしても、なぜ記憶に残るのかというと、日常的に耳に...

しかし全てについてお手上げ状態になってしまっては、満足にリングにすら立てません。「話にならない」という印象を与えることになります。

これはエリート層に限った話ではありません。

硬い話ばかりしているのかと言われれば、そんなことはありません。低俗でくだらない話も大好きです。ヘンリー王子とメーガン妃の離婚の可能性や、アリアナ・グランデのスキャンダルでも盛り上がります。

日本人が海外で話についていけない理由は、英語力も確かにあるものの、知識と、それがもたらす洞察が足りないからです。

無くても、なんとかなるのかもしれません。でも、あれば同等に議論することができます。

SSHPの学生は、口を揃えて海外と接点を持って働きたい、できれば海外で働きたい、と希望しています。しかし、そのままでは、殆どの人は日本人のステレオタイプよろしく、口をつぐむことになります。

準備してますか?

余談ですが、海外市場を本気で狙う企業は、内定者に「読書リスト」を課すようですね。一度拝見しましたが、実務だけじゃなくて、地理的、歴史的など、難解な図書も入っていました。

社会人になって

大学卒業後の話です。一社に勤め続ける人もいれば、転職組もいますが、いづれにせよキャリアを積みかさねることになります。

少しづつ、レベルアップします。「仕事に慣れた」「売り上げた」という実績ができて「欲しいものが買える」「好きな仕事を選べる」などの効果も現れるようになります。

それでも、悩む局面が出てきます。

「社会に貢献するためのキャリアか、自分を高めるキャリアか」

「得意なことを続けるか、新しい分野に挑戦するか」

「一時的な売上をとるか、顧客満足度をとるか」

「残業か、子供の誕生日パーティか」

次々に厳しい選択を迫られるうちに、働く上での姿勢を考えるようになり、ひいては人生における自分のスタンスが投影されていると気付きます。この自分のスタンスを形作っているのが、身をもって経験してきたことと、過去な事例や、知識、考え方などですです。

事例とは歴史であり、考え方は哲学であったりします。単体ではあまり機能しそうにないですが、複合的に「幸せってなんだっけ」的な、大テーマに対するヒントになるわけです。

僕のこと

20代後半のころ、世の中には理解できない事象が多すぎると感じた僕は、自身の人生を「繰り返し行う大小実験の場」と定めました。この考え方は人生のテーマとして今なお継続中です。

30代で独立するとき

  • 新規事業は、面白いと思える実験的なことに限る
  • 小規模でも、意義とニーズがあれば続ける
  • 潰さない、けど延命にこだわらない

この3つを決めました。

会社は上記の「人生のテーマ」を実行するための器だと考えていたので、それ表現する言葉であるPrepared Slides*を社名にしました。

*日本語ではプレパラート・・・理科で使う実験器具です。

僕が運営してきたSSHP・インターンシップについて「人に任せることはしないんですか?」と聞かれることがあります。

これまでのところ、NOと答えています。

純粋に事業として考えるなら、僕より有能な人を雇って現地での運営を任せるのが理にかなっていますし、拡大もできます。

しかし僕は、SSHPの現場コーディネータである時間を、最高に楽しい挑戦だと感じています。逆に、僕の手を離れた現場を事業主体として持ち続けることに意義を感じません。(少なくとも、いまのところは。)

ビジネスパーソンとしては如何なものかと我ながら思うのですが、SSHPにおいて僕を動かす一番大きな動機は、参加者の将来的な幸せです。なので、幸せに近づくことを願って、尽力する。それだけです。

思い返すと、こう考える今の僕とは、体験に加えて、学校や社会で学んだ知識の数々が、断片的に貢献して、形作られています。

変な話ですが、学生時代に履修した古代西洋芸術史や、人類学でおぼろげに残っている記憶すら、ささやかではありますが、僕の知の血潮であると感じます。

当時はよくが分からなかったけれど、履修しておいてよかったと思います。一般教養。

そして年かさらしい後悔の言葉も添えて置きましょう。

あー、もっとやっとけばよかった。

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